第5日目 2月21日(日)




7時
起床。

7時半までに食事をすませ、
8時までに身支度を整え、10時までにチェックアウト。



10時
荷物を置いて外出。

   

歩いていると何時もの鳥が、私の目の前を横切り驚かす。
軒にとまり、笑っているようにクチバシを樋にこすりつける。

   

   

   



10時15分
ある方が散歩中の私を見つけ車から降りてきて、土産は何がいいかと早口。
適当に挨拶をして別れると、何度も私の前を車で往復する姿。



10時半
別の車が止まり、親分が降りてきた。

「今、農家に行ってお土産をもらってきた!」と袋一杯にスターフルーツ。
「事務所のスタッフと食べろ。」と手渡される。

   



10時50分
いつも通らない道を歩き、油庫へ到着した。
特になにもないが、これを見ると太平洋戦争を想う。

   

沖縄の基地問題は、早く解決して欲しい。
県外に移設してあげないと沖縄の方々に申し訳ないと思う。
関空がだめなら羽田でも成田に移設でも良い。



11時
最初に泊まったシルバームーンを素通り、相変わらずだ。
前回まで泊っていたガジュマルを通過、なんか静かそうにみえる。

何時もは何度もお会いするのに今回の渡航では一度もお会いできていない。



11時10分
大神山神社の階段に到着。

2匹の猫がトオセンボウ。
階段を降りてきて、私の前で正座。
「なんだよ。」と聞いてもただ私の目を見ているだけ。

腰痛が酷いのなら登るのをやめとけという事か・・・と。

         

   

   

   

   



11時30分
宿に戻ると、ある方から土産が届いていた。
ありがたい。



12時
最後の飯でも食らうかと外に出る。

昨晩飲んだ方達とバッタリ遭遇。
一緒に食べるかといわれ3人で店に入る。
「絶品タンメン」を注文し、待つこと20分。
絶品とまではいかぬが、普通に美味かった。

しかし750円は田中プライスではない。



13時
ある程度の仕事の話もでき、店を出ようとすると、
行きの船で同部屋だった方が食べていたので、肩に手を置く。
驚かれたが、満面の笑みであった。

仕事も順調で明日から母島だと聞く。
「良かったですね〜」と笑顔でお別れ。



13時15分
宿に戻ると「車に荷物を入れろ」「記念写真を撮る」と観光客御接待。
写真撮影後、泣き出す女の子はエンエンと声を出していた。
誰も同情せず、そのわざとらしさに興醒めしていた。

今回の宿泊先は、宿の方々に申し訳なく少々失敗であった。
深々と頭を下げて車に乗る。



13時30分
二見港着。

嘘泣き女と一緒に思われたくないので、
早歩きでチケット窓口へ行き、手続きを済ますと直ぐに乗船した。

途中、カメ店長の店の女性店員から手を振られる程度。
ただ小笠原の住民の踊りが披露されており、しばし足を止めた。

   



14時
出航。

   

宿泊先の従業員が横断幕を掲げる。
何時も見ていた光景だが、自分の宿泊先がやっていると思うと、
少々恥ずかしかった。

   

声をかけられぬように目をそらしていると、カメ店長の店員が私の名前を大声で叫ぶ。
苦笑いの後、目をそらすと行きの船で同部屋だった方。



14時10分
何時ものように見送り船がついてきて、
何時ものようにダイビングと思っていたら船の向こうに黒い影。

   

クジラであった。
しかも何度も何度も繰り返し現れ、潮吹きも数度。
こんな感動的な見送りは今までにない。

ただ隣のオバサマが騒ぎ出したのでその感動は半減した。

無償のホエールウォッチングは2度目。
カメラに収められなかったことを後悔。
しかしあのクジラは港へ向かっていたようで、迷い込んで大変なことにならないと良いが・・・。



14時30分
部屋に戻ると私の荷物しかなく、貸切状態となってくれた事に喜んだ。



15時
・・・とはいえ、特に何をするわけでもなく、
一人の部屋は遠慮なくクシャミができる程度。

風邪をひきそうな寒さに少々横になろうと思う。



19時
行きの船で寝すぎたこともあり、なるべく起きていようと読書をすることに。
帰りの船も1号室、隣は操舵室。

グダグダと時を過ごし知らぬ間に寝てしまった。

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