第3日目 5月13日(木)





7時
起床。

いつもの鳥に起こされる。
涼しげな朝だ。



7時半
中庭に設置されたプレファブで朝食。

昨日の青年が飯を準備しているようだ。
この青年、きっといい大人になるだろう。

こんな発言はオッサンのアカシ。



7時45分
メールチェック。
特になし。

この安堵感は問題だ。

鳥のさえずりに合わせてキーボードを叩く。



9時半
身支度を整え、出発準備完了。

今日は10時から住民説明会。
宿を出る。



10時
地獄の坂の上の現場に到着。



12時
無事終了。
うまく説明できたか・・・。

外へ出て、
気持ちよさげなエメラルドグリーンのトカゲと挨拶。



12時20分
午後の打ち合わせに備えて、昼食をとりながら打ち合わせ。

この時期鳥のさえずりはかなりのものだが、
人間の声はほとんどしない。
かなり閑散として、昼飯をやっている店がほとんどない。

田中プライスではないズケ丼を食べるも後悔。

   

   

   



12時50分
会社へ連絡。
特になしというコメントに安堵してメールをチェック。

数件電話のやり取りはあったものの、特に大きな問題なく。



13時30分
午後の打ち合わせ場所へ向かう。

   



13時45分
いつものシロワニを探してフラフラしていると、
黒い大きなカタマリ発見。

近くに寄ると向こうもこちらに寄って来た。

デカイマンタであった。

   

写真を撮ろうとカメラを出しても逃げもせず、
私の歩く速度に合わせて泳いでいる。
実に面白い、魚と喋れそうな錯覚。

   

前回のイルカやクジラといい、向こうが私の様子を伺っている。
私は彼らにどう観察されているのであろうか。

歓迎されていればよいが、その逆でない事を祈る。



13時55分
マンタと遊んでいたらこんな時間になった。
戦没者の鎮魂に一礼して、現場へ小走り。

         

   



14時
打ち合わせは数か所移動せねばならず、
最初の場所から移動を繰り返し、
その途中で一分ほど展望台で写真を撮り、
プライベートビーチをうらやましく眺め、
駆除されつつあるヤギをかわいそうにも感じ、
手荷物に入れている水着やゴーグルを握りしめ、
出したくても出せずに、
隠れていなくなろうかと迷う不純な時を過ごす。

   

   

   

   

   

   



16時30分
境浦という砂浜に米国の魚雷にやられて座礁した船がある。
展望台には砲撃された後がまだ残っている。

これはこのまま保存すべきと思った。
日本は最初から負けと分かっていた戦争を行い、
多くの犠牲者を出してしまった。

勿論、原爆を落とした米国も問題だが、
この悲惨な現場を目の当たりにすると、人間の愚かさを感じざるを得ない。

二度と繰り返してはならない歴史がここにはそのまま残されている。

   

   

         

         

   

         



17時
皆と別れ、公園を歩く。

前々回の渡航でフリスビーを上手にできない犬は相変わらずだった。
飼い主はどうして兄弟犬ができてこの犬はできないのかと嘆くが、
「お前の方が賢いからだよな」とフリスビーを無視して、
私に一瞬近づいた時に声をかけた。



18時
会社に電話。

何事もないと言われ続け、やや心配になる。

肋骨は昨日よりも痛く、明日新しくできた病院にでも行こうかと・・・。



18時30分
メールのやり取りを終え、うるさいほどの小鳥の歌が夕暮れ時を伝えてくれた。

この宿は21時までに風呂に入らねばならず、急いで浴室へ向かう。
まったく、自分のペースで過ごしたいモノだ。



19時30分
外出。

カメ店長の店に行くと、すでに待ち人あり。
途中参戦し、飛ばして飲む。

5人での宴は一升瓶を次々に空にした。



22時
飲み足りないとメンバーの宿へ移動。
そこらの飲み屋よりも立派なアテに皆驚く。

この会を予期して準備していたかのよう・・・。



25時
宿に戻り、床に就く。

                                 第3日目終了 第4日目へ続く

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