第1日目 12月3日(金)





9時
竹芝桟橋着。
ドシャブリの雨だったり、太陽が顔を出したりと変な天気。
こんな時期だというのに人が多いように感じる。

相変わらずの腰痛に首痛が加わり、立っているのもやっと。
早く乗り込みたいと思っていたら、見たことのある顔がずらり。



9時40分
乗船。

今回の同部屋の方はもうウィスキーを飲んでいる。
ガタイの良いオッサンである。



10時
出航が遅れている。
外は降ったりやんだり、
相変わらず太陽は出たり隠れたり。



10時15分
遅刻の二人が乗り込み、いよいよ出航。
それにしても東京湾内がこんなに波立つのは初めて。



10時25分
船内アナウンス、発達中の低気圧のおかげで大幅に遅れる可能性があると・・・。
かなり揺れるのであろうと思われる。



10時30分
同部屋の方は陸上自衛隊の関係者と聞く。
最初はお互いに探り合いの話しばかりしていた。
私の読んでいる本、手荷物のクリスマスプレゼント、
パソコンで何している、出張か、手当は出るのか・・・。

ここで会社の経営者とバレてしまい、
取り調べを受けていて尻尾をツカマレタ感あり。

・・・ならばということで、
自衛隊の父島へ行く目的は何か、
普段は何をしているか、
昨今の政治家をどう思うのか、
他国との関係に関しては、クーデターでも起こりそうなのか、
等々と聞くと、
「北朝鮮を米国らが攻めない理由をどう思うか?」と聞かれる。
話は弾み、
防衛大学では若くても数十人を従える幹部になるという話から、
自分が約20年前に合格した頃を打ち明ける。

一瞬驚かれたが、それで行かなかった理由を聞かれ、
20年前の恥ずかしい事柄を思い出す。
私と同年代が、どのようなポジションで仕事をしているのかを教えられた。



11時
東京湾内の波は見た事もないくらい高いが、
湾内のこの波は船に影響がない。

彼は「全然揺れないなぁ・・・」と嬉しそうで、
一杯飲まないかと誘われる。

自動販売機でジュースのような酒を購入し、
形式上、宴を始める。
自衛隊の仕事を聞くのは初めてで、
かなり興味を持って聞いていたのが嬉しかったのか、
多くの話を聞いた。

硫黄島の話もできた。
今回母島へ渡るので、少し硫黄島に近づく嬉しさを感じる。



12時
「昼飯を食べてくる」という。

「おススメは?」と聞かれたが、
「何もない」と応えると、彼は急いで部屋を出た。

私が「波が高い」としきりに口にしていたが、
彼は私の言葉を聞き流していた。



12時30分
彼が部屋に戻る。

入ると、直ぐに横になる。
おそらく調子悪くなってきたのだろうと推測。



13時
まだ湾内であるが動揺に注意とアナウンス。
子供のひとり歩きも禁止だと・・・。



13時30分
読書をするのも辛くなり、横になる。
これは厳しい事になるぞと落胆。

船は激しく揺れ、便所に行こうと部屋を出るのだが、
手摺のアリガタミを感じる。
途絶えた手摺の2m先にある次の手摺に行くまでに、
タイミングを見計らい、
もし衝撃で転んだらどうするかまで想定し、
意を決してダイビングする感じ。



15時
これだけ寝ていると当然、私は腰痛との戦いでもある。
本を読んで気をまぎらわすこともできず、
10秒毎に寝返りを繰り返す。

なんてザマだ。



15時30分
彼が起きてきて、ソワソワ。

どうしたものかと起き上がると、船酔いをして吐いてしまったと・・・。
「だから言ったじゃない」とは喉元まで。
「大丈夫ですか?」と言葉だけで、そんなもの見せられて、
私まで気分が悪くなりそうだ。

とりあえず売店に酔い止め薬を購入しに行くも、閉まっていた。
先ほど便所に行ったよりもさらにサバイバル状態。



17時
売店が開くアナウンスで、彼も必死に薬を求めて部屋を出る。

この魚雷をくらっているような揺れは、何時まで続くのだろうか。



20時
食堂がラストオーダーとアナウンス。

誰も行っていないだろう。



22時
消灯のアナウンス。

誰も聞いていないだろう。



24時
相変わらず波は元気だ。



26時
まだ揺れは激しい。

腰も限界に達し、船酔いしても仕方ないと起き上がり、
窓の外の暗闇をニラム。



27時
ようやく激しい揺れが収まった模様。
単発でドーンと衝撃があるが、あとは大きなゆりかごのよう。

読書を始めるも知らぬ間に寝てしまった。

                                 第1日目終了 第2日目へ続く

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