第5日目 10月22日(土)





5時
起床。

どうも眠れなかった。
内地のある事が理由だが、ここに記すのはやめる。

メールチェックと返信。
いつも通りに起きたフリをしないと心配されると思い、
静かに部屋の中で仕事をする。



7時30分
階段を下りて挨拶。
シャワーを浴びて出ると朝食はできているとハンプティさん。



7時50分
早めの朝食。

いつも通りであるが、
ご飯に味噌汁、納豆と海苔、漬物に小鉢、
メインはマグロの味噌煮。
まったく贅沢だ。



8時40分
荷物をまとめ、ハンプティさんにお金を渡す。
領収書は用意されていたが、
お釣りは用意されておらず、
前回同様、後でいいですと伝える。



9時
お迎えの車。

島内を車で移動すると、何度も来ているがカメラを手にしたくなる。
カメラを手にしていると、「携帯を持て」と音が鳴る。



11時
再度携帯が鳴る。
「どうしても打合せがしたい」となり、
最後の昼飯を一緒にとろうとなる。



11時30分
再び“拉致”され、車で15分の海岸レストランへ。

ここなら空いているという理由であったようだが、
私にしてみれば、「もう返さないぞ」といわれても仕方ないという覚悟。

野菜カレーを頬張る。
結構美味かった。



12時45分
打合せが終わると、宿まで送ってくれるというので安心した。



13時
宿に到着。

小走りで土産屋を回る。
今回の土産は、スターフルーツと島レモン。

被災地の親戚へ送る予定だったが、送り状を書いている時間もなく断念。



13時30分
乗船開始となっているが、
バタバタと荷物をまとめ、ハンプティさんに挨拶。

二見港は大人数で“酸素不足”。
多くの人と挨拶を交わし、乗船。



14時
出航。

ほとんどすべての船が見送りしてくれている模様。
現金なものだ。

父島は世界遺産になって困惑中である。

宿は満室、ダイビング客は少なく、ハイキングツアーは行列、
夜の居酒屋はガラガラ。

要するにオバサマ連中が多く、今までの客層と変わってしまった。

ホテルが満室となってしまうので、
今までのリピーターが来訪できず、本来の姿ではなくなってしまった。
ホテルは夕食付きで夜に出歩く人は少なく、居酒屋で会う客は顔見知りばかり。

整備工事はたくさんあるモノの、工事できる人は限られ、
内地から呼ぼうにも宿泊施設がないという。


観光客の入島制限をしないと島は壊れてしまう。



14時30分
そんな事を考えていると、誘いの連絡があり宴の席へ。

今回の渡航は仕事だらけで、ここへ記せる事項もつまらないことばかり。
父島では仕事という名目で来ているけれども、
周りの風景や動植物が、休みなく働く私の心身を癒してくれた。

でも今回の渡航はそんな余裕さえも奪われ、朝から晩まで仕事。
酒の席も、ランチも仕事であった。

営業所を設置することまで迫られ、愕然としているのが本音。



18時30分
途中退席し、少しだけ横になろうとベッドへ。

気付くと消灯時間まで寝てしまった。
今日は土曜日だから許してくれ。



                                 第5日目終了 第6日目へ続く

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